野中兼山邸の碑
のなかけんざんていのひ
#銅像・記念碑
藩政改革の命を受けて、堤防建設、新田開発、港の建築を行い、能力次第で下級武士を登用する等、大きな功績を上げました。
しかし、厳しすぎる姿勢が領民や上級武士の反感を買うなどして失脚、兼山の死後は野中家はお取り潰しとなりました。
高知城追手門の東側、堀の前に石碑があります。
基本情報
-
名称
野中兼山邸の碑
(のなかけんざんていのひ)
-
お問い合わせ
高知市総務部民権・文化財課
電話番号:088-832-7277
FAX番号:088-831-3378 -
備考
[種別] 文化財・石碑
近隣の観光スポット
-
立志社跡
高知の中心地・帯屋町の一角にかつて存在した「立志社」は、明治7年に片岡健吉や板垣退助らによって設立された日本初の政社です。 士族の生活救済や子どもたちの教育を目的とし、政治や社会の未来を語り合う討論会...
-
レストラン ボルベール
「高知の食卓」県民総選挙2014選抜店舗店長のおすすめ店。 健康を気遣う女性や子ども連れで賑わう、自然派レストラン。料理には、シェフの実家で採れた旬のお野菜を中心に、こだわりのお水や塩などを使用。ドクター ...
-
よさ来いワイナリー
高知市百石町に拠点を構え、廿代町に醸造所を構えるよさ来いワイナリーは、四国初の都市型ワイナリー。「高知のテロワール(風土や文化など)を反映したワイン」を生み出すべく、2021年より南国市にぶどう園を借り入れ...
-
吉田東洋記念之地
文久2年(1862年)4月8日、帯屋町の自宅付近で、東洋の公武合体論に反対する土佐勤王党員の那須信吾、大石団蔵、安岡嘉助によって暗殺されました。城中で藩主に『日本外史』の最終講義した帰り道だったといいます。






