「仁淀川流域、日本三大和紙産地の神髄を知る」いの町 紙の博物館

高橋正代さん

写真:高橋正代さん (いの町紙の博物館前館長)


カメラマンの高橋宣之さんのお話の通り、仁淀川の流域は、実は日本三大和紙産地のひとつでもあります。

昭和60年(1985年)に土佐和紙の技術保存、従事者の研修施設として産声をあげ、今は旅行者の皆さんも気軽に学び、楽しめる拠点ともなっている「いの町 紙の博物館」の魅力について、前館長*の高橋正代さんにお話しいただきました。

(*高橋正代さんは平成25年3月に転出されました。インタビューは平成24年に実施したものです。)

高い品質を誇る土佐和紙


いの町紙の博物館

いの町を中心に高知は、越前(福井県)、美濃(岐阜県)と並ぶ、日本三大和紙産地のひとつです。

紙の博物館は、400年以上前から「紙のまち」として栄えてきた、いの町のシンボルです。

高知県内で和紙が製造されるようになったのは1000年以上も前のことです。土佐和紙が幕府に献上されるようになった江戸時代から明治にかけてめざましい発展を遂げたとされています。特に仁淀川流域は、きれいな水に恵まれていて、紙づくりに適した風土がありました。また、紙の原料は楮(コウゾ)ですが、非常に品質が良いと全国的にも認められている土佐コウゾが、いの町や近隣で栽培されていました。さらに、幕末から明治時代にかけて「紙聖」と呼ばれる吉井源太の数々の技術改良や新しい紙の開発などの功績により、高度な「紙漉き技術」や「用具づくり」の伝統が代々いの町に伝わっていました。このように、きれいな水、良質の原料、高度な技を備えた職人と三拍子揃っていたおかげで、いの町では古くから紙づくりの豊かな文化が継承されてきたのです。

なんといっても土佐和紙の魅力は、種類が多く最盛期には約300種類もの紙が作られていたことです。代表的な紙は、「土佐典具帖紙」ですが、この厚さはなんと0.03mm。世界の手漉き紙では一番薄い紙です。これほど薄い紙はいの町だけでしか作られていません。「かげろうの羽」の異名を持つこの和紙は、はかないほどの薄さでありながら、海外でタイプライター用紙として使われたほどの強さで、世界水準で卓越した商品力を誇ってきました。

環境にやさしい和紙の魅力を見直そう

和紙には、強い(破れにくい)、軽い、やわらかい、温かい(保湿性がよい)、墨(水)をよく吸う、色がつきやすい、通気性が良いなど、いろいろな良さがあります。そのため和紙は古くから、本、帳面、障子、屏風、掛け軸、提灯、団扇、扇子、傘などなど、私たちの暮らしの中になくてはならないものとして深く根づいてきました。

時代とともに技術革新が進み、機械生産の紙が安価に大量に作られるようになったため、手間のかかる和紙の需要は減り続けています。けれども、パルプを原材料とする今日の紙製品の大量生産・大量消費・大量廃棄は、森林破壊の一因にもなっています。それに対して、コウゾは毎年、ミツマタは3年に一度収穫することができます。ミツマタ、コウゾなど自然の素材が原料の和紙は、漉いた紙を型に合わせて切り落とす際に出る端紙も、漉きかえして何度も再利用することができます。

紙の博物館では、目で見て、手で触って体感しながら理解してもらえるので、親子連れや小学生の体験教育にもふさわしい施設です。ボランティアのガイドもいますので、事前に予約をしていただければ、土佐和紙の歴史、由来、作り方、道具などについて説明を聞きながら展示を見て回ることができます。また、職人による伝統的な紙漉きの実演も見ることができます。以前、夏休みの自由研究にこの博物館を選んだ小学生が来館した時に、原料のコウゾをわけてあげたところ、それをノートに貼り付け、紙の歴史や作り方について自分でまとめて研究成果にしたそうです。そういう意味では、ここは、まさに、まるごと和紙の文化を知り、体感できる博物館です。

一度はトライしてみたい紙漉き体験


紙漉き体験

和紙の歴史について展示やビデオで学んだ後、ぜひ一度トライしていただきたいのが、紙漉き体験です。和紙づくりには手間がかかる複雑な工程があります。まずコウゾを蒸すところから始まり、皮を剝ぎ、それを消石灰や炭酸ソーダを加えて煮た後、水洗いしてごみを丁寧に取り除くなど、気の遠くなるような細かい作業をいくつも繰り返します。こうして得られるのが、良質のコウゾ繊維です。このコウゾ繊維を水に溶かして紙を漉きます。

紙漉きは、「流し漉き」と「溜め漉き」に大別されます。紙を薄く均一にするには、繰り返しコウゾ繊維を溶かした水をすくって簀桁(すけた)を揺らす「流し漉き」が適していますが、それにはかなりの修行が必要なので、館内での体験は、一度だけ簀桁ですくう「溜め漉き」をしていただいています。こちらの方法だと、簀桁ですくったどろどろ状の水が偏る心配がないので、初めての人でもまず失敗することはありません。自分の手で漉いた、世界でたった一つのオリジナルな和紙。きっと忘れがたい思い出になることでしょう。

紙漉きの工程は約1時間。多少時間の余裕を見て1時間半あれば、乾燥までの全工程が体験できます。利用客の多い夏は家族連れ、グループが中心ですが、最近は、若い世代のカップル、友だち同士での体験も増えています。なお、ここでは、ハガキ、色紙、名刺、卒業証書などサイズは選べます。ただし、無地のものに限ります。近くの「土佐和紙工芸村くらうど」では、草木や花を使った紙漉きのアレンジ、絞り染め、うちわづくり、機織りなどバラエティに富んだ体験ができるので、こちらにも足を伸ばされてはいかがでしょう。

優しい風合いの土佐和紙クラフトが揃うショップ

伝統的な技術を持つ手漉き職人は減っていますが、日本文化や和紙の良さが見直されつつある近年、30代、40代の若手世代が、伝統的な和紙の世界に新たな息吹を吹き込んでいます。彼らは、紙漉き技術を継承しながら、展示会の開催、時代のニーズをとらえた新製品開発など意欲的な試みを続けています。

それらの商品の一部は、1階のショップで販売しています。こちらは入館料無料で、どなたでも自由に入れます。多彩な色、手触り、模様、大きさの和紙が豊富に揃っているのはもちろん、和紙シェードの常夜灯、ランチョンマットなど、土佐和紙から生まれた新しいグッズや、白檀の香りつきトイレットペーパーなどの紙製品も充実しています。優しい風合いを持つ土佐和紙クラフトを暮らしの中に取り込んで、ぬくもりのある和紙の魅力を一人でも多くの人に実感していただきたいと思っています。

仁淀川を見る、仁淀川で遊ぶ。そしてこの素晴らしい川に育まれた和紙文化を体験する、というのは都会で育つ多くの方々にとって、他では味わえない学びと記憶の旅となるはずです。


(取材時期:平成24年11月:情報は当時)