長宗我部元親墓
ちょうそかべもとちかのはか
#文化財・史跡
戦国時代、土佐を統一し、四国の覇者となった名将・長宗我部元親(1539–1599)。初陣から華々しい活躍を見せ、やがて土佐一国の主から四国全域を平定するまでに至りましたが、豊臣秀吉の征討を受け、土佐一国に留まることとなります。
その後も秀吉に忠義を尽くし、小田原征伐や朝鮮出兵にも従軍。しかし、晩年には愛息・信親の戦死や家中の内紛など苦難も多く、京都で病に倒れ、61歳で没しました。遺言により火葬後、遺骨は故郷・土佐に戻され、この天甫寺山に葬られました。
歴史に名を刻んだ名将の静かな終焉の地。観光の途中に、ゆかりの地に足を運び、しばし戦国の記憶に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
基本情報
-
名称
長宗我部元親墓
(ちょうそかべもとちかのはか)
-
お問い合わせ
高知市総務部民権・文化財課
TEL:088-832-7277
-
備考
※道中、山道のため長ズボン・運動靴推奨
近隣の観光スポット
-
鶴田塾(少林塾)跡
山内容堂に登用された土佐藩の参政吉田東洋は、暴行事件で謹慎処分を受けましたが、謹慎中、この地で鶴田塾を開き後藤象二郎、板垣退助、岩崎弥太郎、福岡孝弟、間崎滄浪ら数多くの人材を育てました。参政復帰後、...
-
長宗我部元親像 初陣の像
長宗我部氏は岡豊城(現在の高知県南国市)を拠点とし、元親は1539(天文8)年に生まれました。少年時代は「姫若子」(ひめわこ)と呼ばれるほどおとなしかったと伝わっていますが、1560(永禄3)年5月の初陣で目 ...
-
若宮八幡宮
永禄3年、長宗我部元親公は本山氏の長浜城攻略にあたり、当社の馬場先で一夜戦勝を祈願し初陣に臨んだところ、見事にこれを討ちやぶることができました。以来元親公は当社を出陣祈願の社と定め、社殿を出蜻蛉式建 ...
-
第33番札所 雪蹊寺
臨済宗の寺。平安初期、弘法大師空海の開創の折は、真言宗の寺で高福寺と称したが、長宗我部元親が臨済宗に改宗しました。 雪蹊は、元親の法号。 運慶作本尊の薬師如来及び両脇侍像と、寺宝の十二神将像、毘沙門天...






