高橋宣之さん(カメラマン)スペシャルインタビュー

四国の「仁淀川(によどがわ)」をご存知でしょうか?「全国的な知名度の点では四万十川にまったく及ばないが、こちらも川としてのポテンシャルは高い。」そして―「仁淀の最大の売りはアクセスの良さじゃ」(県庁おもてなし課・単行本 P194より引用)-小説「県庁おもてなし課」で「高知レジャーランド化構想」を提唱する観光コンサルタントの清遠氏の大切なセリフです。

2012年3月25日、NHKスペシャル「仁淀川 青の神秘」で、仁淀ブルー(NIYODO BLUE)として全国に本格的に紹介され、その後、多くのメディアで話題となり、今、多くの写真家、アーティスト、観光通の間で静かなブームとなっていることを目にした人もおられるのではないでしょうか?

今回は、仁淀ブルー(NIYODO BLUE)の提唱者として、NHKスペシャルでも全面協力されたカメラマンの高橋宣之さんにロング・インタビューを行い、清遠氏が最大限の着目をされた仁淀川とその流域の魅力について、大いに語っていただきました。


高橋 宣之さんのプロフィール

1947年、高知県生まれ。1969年、スペインのサラゴサ大学で3年間学ぶ。1972年の帰国後、高知に戻りフリーランスの写真家となる。コマーシャルフォトのかたわら、「海」「土佐」の写真作品を制作し、カメラ雑誌に発表。その後、海外にも作品を出展し、高く評価される。1989年「土佐の四季」「仁淀川」「花鳥風月」などをテーマに作品を制作。以後、光や水をテーマに積極的な制作活動を展開し、数多くの受賞歴がある。NHK『仁淀川-知られざる青の世界』で“仁淀ブルー”の名前が広く知られるようになった。仁淀川の表情を四季を通じて撮り続けてきたライフワークは写真集『NIYODO BLUE』(ブエノ・ブックス刊)に結実している。


世界でも希少性の高い、透明度と多彩な青が織りなす仁淀川

仁淀ブルー

近年、仁淀川は“仁淀ブルー”というステキなネーミングで知られるようになりました。ブームのきっかけは、2012年3月に放映されたNHKスペシャル番組「仁淀川――青の神秘」ですが、そもそもはその2年前の29歳の若いディレクターの企画提案からでした。それから約10カ月の期間をかけて、丁寧に仁淀川の魅力を伝える番組を作っていきました。“仁淀ブルー” (NIYODO BLUE) という言葉は、そのディレクターとの会話の中から生まれたものです。

そのディレクターは、ダムがあるので実際は厳しいかもしれませんが、「四万十川と仁淀川を足して2で割れば、世界自然遺産になる」とも言っています。それほど素晴らしい自然が残されているということなんでしょう。私も世界の多くの川を見てきましたが、四万十、仁淀のレベルの規模で、これほど高い透明度と、多彩な青が目に飛び込む川は、稀だな、といつも思っています。高知の、いや、日本の誇れる自然資産のひとつだと思います。

自然界には、実は“青色”は少ないということをご存じですか。鳥(カワセミの背中の一部など)、植物など、ごく数えるほどしかありません。色のスペクトルでも、青の部分は一番少ないんですね。だからこそ、限られた“仁淀ブルー”は希少価値があると思います。

支流も含め、仁淀川の流域でのお勧めの場所、季節などについて、少し具体的にご紹介いたしましょう。


仁淀川には、四季それぞれの楽しみ方がある

仁淀川河口付近

“仁淀ブルー”を体感するために、仁淀川流域を訪れる人が増えていますが、どの時期でも“仁淀ブルー”が見えるわけではありません。川の色は、8月半ば~1月半ばまではブルーですが、それ以後の時期は、むしろグリーンに近い色に見えます。われわれカメラマンは水中で撮影することもありますが、普通は川の上から見ることになるので、藻類などが繁茂していると、それほど澄み切ったブルーには見えないわけです。

しかし仁淀川の魅力は、透明度の高いブルーだけではありません。実は、高知県で欧米などを中心に世界的に有名なのは、坂本龍馬以上に、仁淀川河口なんです。河口付近でも水の透明度はかなりの高さを保っていますが、同時にこの付近は世界的にも有数の波が立つため、サーファーにはよく知られています。その他、流域にはカヌー、釣り、バーベキューなど、アウトドアライフを楽しめるスポットや施設も数多くあります。もっと多くの方々に、趣味、季節ごとに応じた過ごし方を、楽しんでいただきたいと思います。


仁淀ブルーの撮影地-安居渓谷

初夏の新緑

具体的な紹介を何か所かしていきましょう。まず、仁淀川支流の安居川。その上流部にある安居渓谷は、原始林に囲まれた山岳と美しい渓流に彩られた静かな景勝地です。夏の終わりから冬にかけて川の色は究極のブルーとなり、私が撮影した“仁淀ブルー”のスポットもここにありました。

ここには広大な原生林地帯があり、年中清冽な水が生まれつづけています。仁淀川の美しさはこの森のおかげといっても過言ではありません。青く美しい水を探すと、いつも行き着くところは森になります。その意味で、私にとって「水」と「森」は同じ存在なのです。

また渓谷内には「飛龍の滝」「昇龍の滝」「みかえりの滝」「背龍の滝」などの滝もあり、川原沿いに、美しく澄み切った水、川底のさまざまな色の石を眺めながら遊歩道を歩いていくと、「仁淀ブルー」を身体全体で体感することができるでしょう。

初夏の深緑、晩秋の紅葉の時期には、息をのむほどの美しさに感動させられますが、夏は河原遊び、バーベキュー、渓谷トレッキングなど、景観と同時に、川自体を楽しむ過ごし方にも事欠きません。新緑の季節にはアメゴの放流も行われ、渓流釣りのポイントとしても人気があります。

川沿いには宿泊施設「宝来荘」がありますが、その全室から渓谷が見渡せますし、また周辺にはバーベキューコーナーやバンガローもあり、家族、釣り人、仲間など、それぞれにいろいろな楽しみ方ができます。


カラフルな美しい石

仁淀川流域のもう一つの大きな特徴は、カラフルな美しい石が多いことで、川原や渓谷に、赤、青、緑、紫、茶、黒、白など色とりどりの岩が並ぶ様は圧巻です。岩石は形成された年代や環境によって多くの種類があり、年代、成り立ちによって、さまざまな色の石ができるそうです。仁淀川には、約4億5千年前に形成された古い時代の石が多く、日本でもその種類の多さは有数とされています。

もし安居渓谷の石について詳しい話が聞きたかったら、「宝来荘」のご主人の井上光夫さんにガイドしてもらうといいでしょう。この流域でよく見られるのは、緑色の緑色片岩ですが、私たちにも分かりやすく「茶色や赤い色の石は、あまり苦労していなくてできた石。それに対して、緑色の石は苦労してできた石」などと、ユニークなたとえで、石の作られ方を説明してくれます。



滝の織りなす神秘的な景観-中津渓谷

もうひとつ、大切な渓谷をご紹介しましょう。仁淀川支流である中津川流域の中津渓谷は、四国の水辺八十八カ所にも選ばれた美しい渓谷です。中津明神山に降る雨と渓谷を流れる水によって、気の遠くなるような長い時間をかけて作られた自然の造形で、「紅葉の滝」「雨竜の滝」「竜宮淵」などの神秘的な景観が随所に見られます。渓谷全体に約2.3kmの遊歩道が整備され、渓谷を間近に見ながら散策が楽しめます。渓谷の入口から最奥部の竜宮渕までは、起伏の多い遊歩道をゆっくり歩いて約20分。特に、紅葉シーズンは、青碧色の川と深紅の紅葉が素晴らしいコントラストを描きます。

「紅葉の滝」は、赤みを帯びた岩肌から、そう名づけられました。紅葉シーズンには木々が赤く染まると、さらに岩肌もその照りかえしで赤みを増し、雄大な滝の流れと重なり、刻々と変化する自然のオブジェを作り出します。

渓谷の奥深くに位置する「雨竜の滝」は、中津渓谷のシンボル的存在です。落差が約20mもある豪快な滝の様は、まるで竜が水を吐くように見えることから「竜吐水」とも呼ばれています。昔は、ここまで近づくことは容易ではなく、神秘の滝として崇められていましたが、現在では遊歩道が整備され、間近でその迫力のある姿を見ることができます。

渓谷入口の隣には「ゆの森」という日帰り入浴も宿泊もできる温泉施設があり、渓谷美を満喫しながら入浴や食事を楽しむことができます。


滝の織りなす神秘的な景観1 滝の織りなす神秘的な景観2

仁淀川の沈下橋の楽しみ方

仁淀川の沈下橋

西日本最高峰の石鎚山に源がある仁淀川は、四万十川、吉野川に次いで、三番目に大きい川です。高知県内の他の川同様、仁淀川にも、多くの沈下橋(ちんかばし)があります。代表的なのは、名越屋沈下橋、片岡沈下橋、浅尾沈下橋、久喜沈下橋などですが、このうち、浅尾沈下橋は、周囲を山々に囲まれ、撮影場所としてもよく知られています。

私はカメラマンとして、もう20年以上にわたって仁淀川流域を数えきれないほど訪れ、いろいろなスポットで撮影しています。この浅尾沈下橋周辺もその一つで、川原に四駆で乗り入れ、水辺際ぎりぎりまで下りて行き、水辺や水中で撮影します。周囲を雄大な景色に囲まれた広い川原では、取り巻く自然と季節の移ろいを肌で感じることができ、いつまでたっても飽きることはありません。五感を総動員して自然を感じ、自然が放つかすかな言葉やメッセージに耳を傾けることができるのも、人工物がほとんどない豊かな自然が手つかずで残されており、すぐその傍まで近づいていけるからでしょう。


“光る森”でのホタルの乱舞

銀河のようなホタルの集団

仁淀川中流域に位置する越知町のシンボル的存在である横倉山は、“光る森”として知られています。2012年9月には、NHKテレビで「光る森~神秘の発光を追う~」も放映されました。番組では、光る物体の正体としてキノコ(シイノトモシビタケ)や特殊な落ち葉を中心に紹介されていましたが、実はもうひとつ、よく知られている光る生き物がいます。それはホタルです。そして、ホタルが無数に乱舞する初夏から夏にかけて、光るキノコとホタルの美しくも幻想的なハーモニーが奏でられます。

地面には光るキノコの群落と銀河のようなホタルの集団、天上には満天の星。その中に身を置くと、あたかも宇宙の中心に存在するような不思議な感覚におそわれ、何時間でも漂っていたい気分になります。



ロマンチックな邂逅を生む仁淀川流域

ホタル

そんな中で不思議な光景に出会ったことがあります。ホタルは通常は、オスからメスへの合図のために光を点滅させているのですが、ある時、まったく点滅しないで、いつまでも光っているホタルを見つけました。気になってずっと見ていると、やがて川に落下し、光ったまま流されていきました。どうしても最後まで見届けたくなり、私も川に入って追っていきました。するとやがて滝の下に落下し、それでも光り続けながら流れにのまれていってしまいました。

森から生み出された清らかな水の中で森の様々な命が育まれている中で、ホタルの命の最期を見届けた瞬間でした。

仁淀川の流域、そして森にはこんなロマンチックな発見、出会いが溢れています。

最近、東京から来られた方々から言われ、気づいたのですが、仁淀川の流域や渓谷周辺では、少し天候が崩れると、雨上がり、雨の合間に、虹が頻繁にあらわれます。旅行に訪れた時、雨模様であっても、ちょっとした風流な楽しみをたくさん、都会の方々に発見してほしいものだな、と思ったりします。


和紙の三大名産地でもある仁淀川流域の文化性

土佐和紙の原料を加工

自然と触れ合える仁淀川流域の素晴らしさばかりをご紹介して来ましたが、実は、仁淀川流域は、越前、美濃と並んで、和紙の三大産地のひとつ、土佐和紙の中核でもあるのです。和紙の文化に触れ、川、原料との関係、職人の文化など、自分で和紙を作ってみる楽しさ、学びも、仁淀川周辺に来られた時に体験できる施設もあるので、ぜひ触れてみていただきたい、と思います。

土佐和紙文化についての詳しい情報はこちら



水の清らかさは、人を幸せな気持ちに浸らせてくれる

清らかな仁淀川

高度成長期以前の日本~昭和30年年代頃までには、全国いたるところに仁淀川のような川がありました。その後、多くの川はどんどん汚れていきましたが、幸か不幸か、四国山脈が障壁となった地形的要因も影響し、高度経済成長に取り残された仁淀川は、今、日本の原川をとどめたかけがえのない存在の川になっています。

私たちは、かつては、峻険な山、深遠な海、清涼な川を眺めると、清らかな気持ちになっていましたが、今は、そういう感覚を持てる自然が激減してしまいました。だからこそ、仁淀川の清らかさは、眺めているだけで幸せな気分に浸らせてくれます。そもそも「清」は、サンズイにアオと書きますね。高知には全国的にたぐい稀な、四万十川や仁淀川のように、人の気持ちを癒してくれたり、幸せな気分にさせてくれたりする清らかな川が健在なのです。



“川ガキ”や地元のおじい、おばあたちが“川のゆたかさ”を支えている

仁淀川は親水性も日本一と言われています。川に親しむ人がとても多く、利用率も全国トップクラスだそうです。たとえば、鮎のことをしゃべらせたら、3日止まらぬおじいさんがいます。また、大人になった今でも、何時間も無心になって水切りをする人たちがいます。小さい頃から川で遊び、川に慣れ親しんで育った子どもを“川ガキ”と言いますが、こんな川ガキがそのまま大人になった「おじい、おばあ」がどれほどいるかで、川が生きているかどうかがわかります。逆に、川ガキがいなくなると、川はどんどん衰え、やがて死に至ります。

地元のある「おばあ」は、「川のきれいさは五感で分かる」と教えてくれました。まず、目で見るきれいさ。これは色の変化で誰でもすぐ分かりますね。次に、手で触ってみる。きれいな川はさらさらしているそうです。それから鳥の声を聞く聴覚。シラサギなどの白い鳥が来る川はあまりきれいではないそうで、鳥の鳴き声で聞き分けると言います。さらに、味覚。鮎を食べてみると、その味によって川のきれいさは一目瞭然です。こんなふうに、五感に根ざして語れるおじい、おばあの知恵は、これからも大切にしていきたいものです。川は人々の心を映し出す鏡。川を愛する人が多いほど、川の流れは美しさを保ちつづけます。

自然とのつきあいを大切にしましょうというと、よく、花や鳥のことに詳しくないので、どうつきあっていいか分からないという人がいます。でも、名前は知っていることはそれほど重要ではありません。むしろ中途半端に名前だけ知っていても、あまり意味はありません。それよりも、風に揺れている花、朝露を受けて輝く葉、川面に映る月、満天にきらめく星などを見て美しいと感動する心のほうがよほど大切です。

無数の小さな感動が流域のあちこちに散在しています。自然と親しくつきあうためには、名前を知っていても知らなくても、小さな感動との出会いをたくさん体験してみる気持ちが何よりも大切です。

お子様が大人になるあいだに一度、カップルやご夫婦で一度、年月を経て再びゆったりと幸せな大自然に包まれてみたい時に一度、人生の節々の機会にもう一度。

仁淀川を訪れることは、きっと一人ひとりの人生を豊かにしてくれるための何かを提供してくれる旅になるのではないでしょうか。


仁淀川の親水性は日本一

仁淀川流域の観光情報サイト


仁淀ブルー観光協議会